「子育て」を一括りにして、いろんな人が話したり書いたり聞いたりする場は、もうちょっと今は成立しないんじゃないかと感じる今日この頃。
「読み聞かせ」って30~40年前は言わなかったよな~
「本を読んで聞かせる」とは言ってたけど
「子育て」っていう雑な括り方がなんかまずい気がする。
生まれないと育てないと困るよは国家観になるのだろうか。自分語りと混在したらそれは無理だ、と思います。
大学生と高校生の子をもつ母親です。
出産後すぐ夫の転勤のため、全く知らない土地で平日はワンオペ育児を経験しました。専業主婦だったため、育児や家事は私の仕事と思い込んで、夫に頼るようなこともなく、なんとか必死に毎日を回していました。
振り返ってみると、まず夫に相談したらよかったなと。当時は気づかなかったけど、私ひとりの判断はよくなかったかな、父親の役割を奪ってしまったのかなと反省。
その後子どもたちは成長し、夫婦で本気で話しあい、向き合わないと解決できない問題を色々起こしてくれました。
子育てって、子どもを守り育てる段階から、ひとりの人間として向かいあう段階になっていくんですかね。
今70歳。ワンオペで子育てしていたのは30〜40年前。私が感じていた閉塞感が今も続いていることに愕然とします。3人目は産みませんでした。2人育てれば義務は果たしたでしょ、ご勘弁下さい、と。
子育てで思い出すこと。
専業主婦の時は、おうちにいるんだから、きちんと子どもをみてください、と言われ、働らき始めると、仕事ばかりしていないで、ちゃんと子どもをみてください、と先生に言われた。ずーっと子どもを見ていないとお母さんはいけないらしくて、息苦しかった。
親の楽しむ姿をみて、生きていくのも悪くないと思ってくれたらいいんじゃないかな?と思えたのはずいぶん後のこと。教えてくれたのは子どもでした。
今回、じゃないほうのラジオで須山さんのお話を聞いた翌日、実際に孫が風邪で熱を出し、保育園では預かって貰えないからと、私達ジジババのところに息子が10ヶ月になる孫を横浜の緑区から港南区に朝の9時に連れてきました。急な出来事だったので、私はその日の予定をキャンセルし対応しましたが日常の中で頻繁に起こり得るシチュエーションだけに子育てをめぐる数々の問題を改めて思いました。理想を言えば近所に安心して預け合える仲間を作り、助け合えたら一番ですね。それが無い、出来ないからと諦めず、人間関係を構築していく努力をして欲しいです。親同士がつながっている姿を見て、子どもたちは自分達が守られてると実感するのでは?
敢えて、一朝一夕ではできないことを承知の上で投稿しました。
幼児と乳児の2人の母です。2回とも産後うつになりました。(精神科に通院し、現在は寛解。)ひどい時期は動悸で起き上がれないし、食欲も全くなく、全然眠れないし、希死念慮もありました。
最近、産後うつ予防の啓発や「みんな味方だよ」みたいな空気は多くあると思いますが、実際発症したら、現実的に生活を支えるにはそんなふわっとした理念だけでは全然だめでした。私は人と会う機会も多く、客観的には孤立状態ではなかったと思いますが、発症してます。体質的なものが大きいのでしょう。
産後うつと診断されても、深刻になりすぎずに、衣食住のサポートを受けられれば、遠くない未来に、再びその人らしく充実した日常を送れます。(それがなかなか難しいからそもそもうつになるのかもしれませんが。)
産後うつになってみて、うつの発症に怯え、絶望していた自分に気が付きました。
私は子育て、大変だけど楽しみ・喜びが大きいと思っている
自分の子どもにもぜひ経験してほしいと思っている
押しつけになるとよくないと思い、言ってはいけないと思ってモヤモヤする。
保育士という仕事につき、子ども大好き!ロード一直線で来て、妊娠出産の経験もとっても素直に感動して赤ちゃんは宝!・・・そして、今、育児支援事業をほそぼそとやっております~こどもマッチョな立ち位置にいるわたしです。
「子育て罰」だとぉ~~という思いもある(笑)
自分の見ていた視点とはちがう立ち位置に立って、見てみたい!知りたい!とおもって、掲示板読んでみます。