自分の夢を叶えるために、
みんなで力を合わせてくれるし、
お金ももらえるし、
こんな嬉しいことはないですよね。
お金を稼ぐ(生活を成り立たせる)ために働いているという側面は勿論あります。
また、自分にとっても若い世代にとっても、今生きている社会をより良くしたい、という思いもあります。
働くことで、両立できるといいです。
ひきこもりや障害など、さまざまな事情で「働かない・働けない」側の人々に寄り添い、自分もその側の人間になって、日々問い続けているテーマです。
近い将来、AIが人間の代わりに仕事をするようになると、人間側の需要を生み出すための原資になるベーシックインカムが、政府ではなくAI関連企業から全人類に配布されるようになるという仮説を読んだことがあります。実際に現在、OpenAIのサム・アルトマン氏が、暗号通貨「ワールドコイン」を虹彩生体認証済みの人に配布するという実験的取り組みを行なっています。
https://world.org/ja-jp
ベーシックインカムで働かなくても生きていける未来。そうでなくても、将来年老いて年金暮らしになれば、多くの人々が現実的にそうなっていきます。それでもあえて人類が働く意味とは何でしょうか?
僕は、この世に生まれた人類が社会と関わり、社会をより良く変えていくためにできる役割(生きていく意味)の一つとして、「働く」があるのだと考えています。「役割の一つ」と書いたのは、「働く」以外にも人が生きる意味ってたくさんあると思うから。
たとえ日々ひきこもって、生きて食べ物を消費するだけの存在であっても、食べ物を消費する活動そのものが、生産者の暮らしを支える役割を果たしています。
おこづかいを貯めて、銀行に貯金したり企業の株を買ったりするのも、社会の経済活動の一員としての役割を担うことになります。
せっかくお金を使うなら、より良い社会を作る活動に投資をしたいと思いますし、お金を払う代わりに、そういう活動にボランティアでもいいから参加したいと思います。
そうやって、働いたりボランティアした経験は、その人の血となり肉となっていきます。経験から滲み出るその人の肉声は、AIでは替がきかない貴重な財産です。
そう考える僕の理想の働き方は、生きるため・遊ぶため・好奇心を追い求める日々の暮らしそのものが、「働く」こととイコール(🟰)になってる状態かな。遊ぶように働きたいし、自分が追求するテーマで働き続けたいです。そのテーマがブレずに固定してればフルタイムその仕事に邁進すればいいし、僕みたいに興味があちこちに分散してれば、配分を考えて複業するし。僕は、そんな複業可能な仕事を夢見るひきこもり当事者です〜
自分の中では仕事=お金を稼ぐことの意味が強い。人との繋がりややりがいもあるけれど。
仕事してお金がたくさん稼げれば、他の人を助けたり困り事をお金で解決することもできる。
でも、お金を稼げることが何より大事と思ってしまうと、お金にならない大事なことを見失ってしまう気がする。
試しに、仕事からお金を得ることを取っ払って考えたら、なんのために働くのかをもっとちゃんと考えられるのかもしれない。
子どもたちにとも、なんの職業についていくら稼ぎたいかより、なぜ働くのかを一緒に考えたい。
仕事は好きなことです。
趣味のような、ご褒美のようなものになっています。
でも、それを堂々というのは憚られます。そこがモヤモヤポイントかもしれません。
楽しく仕事をしてる人は、実はたくさんいると思うけど、仕事🟰大変なもの、我慢するものというイメージが浸透しているように感じます。
「どんなメガネをかけて物事をみるか?」で、どんなことも見え方が変わると思います。そのメガネが自分の心を縛っているようにかんじました。
仕事は大事だけど、仕事ではないけれど、大事にしている事もあります。
誰かの話をちゃんと聞く事。
近所の人にあいさつする事。
家族の機嫌を少し気にかける事。
友人が落ち込んでいるときに何でもない連絡をする事。
自分が無理をしすぎないように気をつける事。
お金になりませんし、キャリアアップにもなりませんが、こういうことを全部「仕事ではないから」と脇によせちゃうと自分の人生の大事な部分がなくなってしまう感じがしてます。
働くのが嫌いなわけではない。
やることがあるのはありがたい。誰かに必要とされるのもうれしいし、お金をもらえることも、もちろん大事だと思う。
でも、このままずっと働いて、生活して、疲れて、休んで、また働いて、を何十年も続けていくのだと思うと、気が遠くなる。だから普段は考えないようにしている。